司教館4階の飾り

2021年年頭司牧書簡~クリスマスと新年を迎えるに当たって~

勝谷太治(かつやたいじ)  

2020年12月7日

札幌教区の皆様へ

2020年の雪まつりから広がり始めた新型コロナウィルス感染症により、私たちはかつて経験したことない困難に直面し、日常生活は一変してしまいました。世界中の主要都市や観光地から人影が消えるという、まるでSF映画のような信じられない光景が広がりました。全く人影のないバチカン広場に向かって一人祝福をおくられる教皇様の姿は現実とは思えない衝撃的な映像でした。そして、人々の関わりは大きく制限されました。教会活動も著しく制限され、ほとんどの集会は中止となり、ミサへの参加もままならない状況が今も続いています。いつ終息するのか先の見えない不安は、私たちの日常の人間関係のあり方にまで影響し、物理的なソーシャルディスタンスにかぎらず、心理的にも私たちの間に距離と断絶を生み出しています。

一方で、人を選り分けることなく全人類に等しく襲いかかるこの疫病は、この地上に住む全ての人が一つの共同体としてその運命を共にしていることを強く意識させました。この災禍にあって、教皇フランシスコは国の力や経済的格差によって救済される人に差別があってはならないと訴えます。日本国内においても人々から忘れられ、制度の狭間に落ち込んで孤立してしまう人たちがいないように、目をこらすことは私たちキリスト者の務めです。特にカトリック教会においてはベトナム人をはじめとする海外からの多くの技能実習生や留学生がいます。経済的に困窮する彼らへの支援を教区は行っていますが、十分とは言えません。わたしはコロナ禍にあっても、最近まで地方の各小教区を回ってミサをしてきました。ほとんどの小教区に外国籍の方々がいて、その多さにいつも驚かされています。困難にあっても彼らから助けを求めてくることはなかなかありません。各小教区でお節介のようでもこちらから彼らと関わりその必要を知ろうとする配慮をするよう強くお願いします。来るのを待つのではなく、こちらから「出向いていく」ことの大切さは教皇様が一貫して強調し続けていることです。信者籍台帳をもって移籍登録し、その小教区の所属になるというシステムは日本固有のもので、外国にはありません。国際的には、短い期間でもその小教区内に住所を構えていれば、その人はそこの小教区の正式な教会員なのです。彼らはお客さんではなく、同じ小教区教会共同体のメンバーなのです。

最近ではこの疫病に罹患し苦しんでいる患者やその家族を身近に見るようになってきました。さらに私たち多くが経験していることですが、家族や友人に会うことが許されず、人間的な関わりから遠ざけられている多くの入院患者や施設入居者がいます。そして、最後の看取りもできずに、葬儀もできないまま遺骨を受け取る遺族もおられます。私たちは、教会内にあっては言うまでも無く、社会にあってもその共同体の一員として、これらの人々の痛みと苦しみを共有し、支え合っていくことが必要です。教会内にあって今問われているのは、互いに支え合うための新しい共同体のあり方です。今まで私たちは教会に集まってこそ、そこに集う人たちの共同体という意識を強く持っていました。しかし、以前から指摘しているとおり、教会のメンバーでありながら様々な理由から教会に来ることができず、典礼や集会等の信徒の交わりにあずかれない人たちがおり、そのような人たちへの配慮を強く求めてきました。しかし、新型コロナウィルス(Covid19)は私たち全員の日常から集会の機会を奪い、典礼に参加することも自由ではなくなりました。物理的なソーシャルディスタンスは、私たちの間に精神的な距離までも作り出してしまっています。

そんな中、今までに無かった新しい可能性も生まれています。ICT「情報通信技術」の活用です。ミサに参加できない多くの人たちが、ミサのインターネット中継を通してミサに参加し霊的聖体拝領ができるようになりました。ストレスがなく祈りの気持ちを高めるクオリティで配信するのはかなりの人手と資材が必要なため、札幌教区としては配信していませんが、ネット中継の利点は世界中どこにいても見ることができる点です。東京教区等で配信している高クオリティのミサ中継に自分の部屋で参加することができるのです。

インターネット通信を利用してのリモート集会や会議も当たり前のように開催されるようになりました。今まで東京のカトリック会館で行われていた多くの全国レベルの委員会や司教会議がリモートで開催されるようになりました。各教区、小教区においてもリモートによる入門講座、聖書研究会、講演会等があちこちで開かれています。リモートによる集まりの最大の利点は、先ほども触れましたが、会場に来ることができない人も、どこにいるかに関係なく世界中どこからでも参加できることです。外出がままならない、高齢者や障がいを持つ方々も、自宅の部屋やベッド上からでも参加できるのです。教会において、これまで教会の集まりに参加できなかった方々も、この技術を利用すれば簡単に交わりに入ることができます。わずかな初期投資(タブレット購入)と簡単な利用説明を受ければ、ほとんどの人が利用できます。(実際に、頭の固い高齢司教様たちがリモート会議のために強制的に利用することが求められ、今は全員が使いこなしています。)

この技術は将来の教会に多くの可能性をあたえてくれます。上でも触れましたが、入門講座等の宣教に、聖書研究会や講演会等の信徒養成に、忙しくて教会に集まれない人たちが、スマホやタブレットがあれば、今いる場所で簡単に参加できるのです。面会ができない入院患者や施設におられる方々も、集会に参加できます。確かにリモート集会はお互いが顔を合わせて、気軽に話したり情報を交換したりというような交流には向きません。その為、最近ではハイブリッド集会(実際に集まる人とリモート参加の人が混在する集まり)も当たり前のように開かれています。この可能性を広げると、家庭集会等もこの形式で開くことができます。今まで障害になっていた一カ所に集まるという壁を超えられるのです。

多分、このようなことを去年の司牧書簡で述べていたら何を夢のようなことを言っているのかと笑われたかもしれません。しかし、コロナの影響で、それが一気に現実のものとなりました。教会には高齢者が多く、この現実について行くのは大変かもしれませんが、高齢司教にできて、皆さんにできないはずはありません。心を若くして新しい教会共同体のありかたにチャレンジしていく気概を持っていただきたいと思います。そこから、新しい福音宣教への熱意とアイディアも生まれてくるでしょう。

そんな中、私たちが最も警戒しなければならないのはフランシスコ教皇が指摘するコロナウィルスよりも恐ろしいウィルスです。それは「より悪質なウィルス、無関心なエゴイズムというウィルス、…… 自分にとって良ければすべてよしという考えによって拡散されるウィルスです」(2020.4.19復活節第2主日説教より)。今回のパンデミックは、個人が自分の身を守るために感染を予防するというレベルのものではなく、社会全体が連帯して一丸とならなければ克服できない性質のものです。すべての人ために一人一人が社会の一員としての自覚を持って責任ある行動をとらなければ収束させることができません。そういう意味では、私たちは罰則や強制力が無くてもよく要請される自粛を受け入れ守っています。しかし、上からの指示がなければ行動を起こさないという一面もあるように思えます。クリスマスを迎えるに当たり、何らかのクリスマスミサの指針を出すようにという要望が何件か来ています。必要なミサの指針は先日司教団から出された指針以上のものはありません。ただし、そこに書かれているガイドラインをすべて忠実に実行することはかなり大変でしょう。広い北海道では地区によって感染状況も違いますし、教会に集まる信者の数もまちまちです。統一した指針を出すことは不可能です。その為、小教区によって信者自らが判断し感染対策を行うことが必要です。ガイドライン通りすべてを実行することは不可能でも無理なくできることはすべて行うことが求められます。どこまで実践するのか、教会内で議論が起こり時には対立を生んでいると言う報告もあります。お願いしたいことは、それぞれの確信を主張し譲ることなく対立を深めることではなく、共同体としてのコンセンサスを大切にし、決められたことには皆が協力して取り組む姿勢です。病院のような感染対策をしっかりしているところでさえ、感染者が出ています。できうる最善を図りながらも、不幸にして感染者が出てしまうかもしれません。その時には誰かの責任を追求したり、犯人捜しをしたりするようなことはしないでください。感染はある意味避けられないことなのです。恐ろしいのは、無関心同様、私たちの不安や不満のはけ口として誰かを悪者にしようとする心理です。これこそが私たちを分断させる恐ろしいウィルスです。

付け加えて言います、以前の指針にも書きましたが、持病を持つ人やご高齢の方、その他の理由でミサにあずかることに不安を感じる方は、主日と守るべき祝日の義務を免除します。また、降誕祭や元旦の祝日の参加制限等で、ミサにあずかれない場合も同様です。やむなくミサに参加できない場合は、親しい人や家族等の少人数で集まり、感染防止策をとった上で、みことばを味わい、分かち合いと静かな祈りの時を持つことを強く勧めます。

2021年も大半はコロナとの戦いに費やされると思われます。信徒の皆さんは、指針が出されるのを待ち、それを受け取って従うだけという情報の受け手にならないでください。皆さんは受け手ではなく、小教区をベースにして神の愛を運んでいく発信者であり、愛の担い手です。指示を待って動くのではなく、それぞれの小教区でよく協議し、今このコロナ禍にあって何ができるか、何をすべきかを判断し、実行していってください。私たちが「どのように集まるか」だけではなく、このクリスマスの救いのメッセージを困難と苦難のうちにある人々に届けるために「どこに出向いて行くべきか」を真剣に協議してください。この困難の先に明るい未来への扉が開かれますように。

父なる神が、皆さんの恐れを取り除き、失望することなく困難に立ち向かい、後回しにされている人たちに同伴するものとして派遣してくださいますように。不安のうちにあっても、そのただ中にお生まれになったキリストが私たちに希望と勇気を与えてくださいますように。弱さに打ちひしがれそうな私たちに、聖霊が癒しと希望を与えてくださいますように。

聖母マリア私たちのためにお祈りください。

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