トラピスト会士に抱かれています

年間第4主日(2022年C年)

佐藤謙一(さとうけんいち) により

2022年1月29日

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世界こども助け合いの日(祈りと献金)
第一朗読:エレミヤの預言(エレミヤ1・4-5、17-19);わたしはあなたを諸国民の預言者として立てた
答唱詩編:(詩編71・1a+2+3a、3b+4+5a+6b、15+16);父よ、あなたこそわたしの神、わたしのすべてをあなたに。
第二朗読:使徒パウロのコリントの教会への手紙(一コリント12・31~13・13);信仰と希望と愛はいつまでも残る。最も大いなるものは、愛である
アレルヤ唱:(ルカ4・18);貧しい人に福音を、捕らわれ人に解放を告げるため、神はわたしを遣わされた。
福音朗読:ルカによる福音(ルカ4・21-30);イエスは、エリヤやエリシャのようにユダヤ人のためだけに遣わされたのではない

今日の福音ではイエスの故郷のナザレの会堂でイザヤの預言を朗読した後の様子が描かれています。人々は「わたしたちのよく知っているヨセフの子ではないか」と言って、イエスを預言者と認めないと言っている場面です。預言者とは未来に起こるであろうことを占う人のことを言うのではありません。第一朗読でエレミヤの召命を神が語る場面が語られました。その中で神は「あなたを…預言者として立てた。…(人々)に語れ、わたしが命じることをすべて」と言われています。つまり、神の言葉を伝えることが預言者のすることなのです。神の言葉を思い起こさせるように人々に呼びかけるのが預言者なのです。

先週の福音でイザヤの預言がイエスによって読まれました。そこでは「主がわたしを遣わされたのは捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にするためである」と読まれました。神の言葉を思い起こさせることが預言者の役割だとすれば、この聖書の言葉が実現したというのはわたしを遣わされたことが実現したということになります。そして預言者イザヤは今現実に捕らわれている人、目を見えなくされている人、圧迫されている人がいることを皆が知り、その人々を解放し、回復し、自由にするために行動しなければならないと訴えています。その言葉を宣べたイエスはイザヤの預言を通して自分も同じことを訴えるという意味で聖書の言葉が実現したと言っているのです。当時のユダヤ社会で人々が未来に来るであろう神の裁きを待ち望んでいたのに対して、イエスはまず一人ひとりが神の言葉に耳を傾けることの大切さを話していたのです。

今わたしたちが生きている現代においても預言者が必要です。今捕らわれている人、圧迫されている人、貧しくされている人、苦しんでいる人がいることを、多くの人々が当たり前と思っているかもしれません。すぐそばにそういう人がいるのに目を背けて、あるいは見ても人ごとのように感じているならその人は多くの人々の一人にすぎません。神の言葉は苦しんでいる人々を解放し自由にするために預言者を遣わすのです。洗礼を受けたわたしたちは、キリストの祭司職・王職・預言職を果たしていく者です。キリストの預言職を果たすということは、神の言葉に照らして今の世の中でふさわしくない、合致していないと思ったときに、それはおかしいと言わなければならないということです。世の中の趨勢に流されて多数が正しいということであっても、もし神の言葉に照らして正しくないなら、その考えは直していくよう行動していかなければなりません。イエスの福音を受け入れられなかったナザレの人々の姿は、現代の世でも同じです。世間的なレベルでしかイエスを見ていないのです。わたしたちキリスト者こそ現代の世の中で人々を救い出すために預言者の役割を果たしていかなければなりません。預言者と言われると、そんなこと自分には無理だという人がいるかもしれません。それは違います。キリスト者として自分の意見を声に出して言う、行動していく、あるいは援助していく人が預言者なのですから、それぞれにできることはあるはずです。

カトリックの洗礼を受けているすべての人は、キリストを宣べ伝える使命があります。これは子どもでも例外ではありません。子どもも小さな預言者です。子どもは子どもなりに何かできるはずです。今日、1月の最終日曜日の「世界こども助け合いの日」は、子どもたちが子どもたちへ宣教し、まだキリストを知らない多くの国の子どもたちへ援助することを通して、子どもたち自身が自分の使命に目覚め成長することを目的としています。日本では、各教会だけでなく、カトリック系の幼稚園や保育園の大勢の子どもたちがこの日の献金に協力しています。この日の献金は全世界からローマ教皇庁に送られ、世界各地の恵まれない子どもたちのために使われます。子どもたちの成長の中で子どもたちに何ができるかを考えながら、キリストの預言職の目が芽生えるよう祈りましょう。

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