年間第11主日(2021年B年)

佐藤謙一(さとうけんいち)  

2021年6月13日

※公開ミサ・集会等中止になる担当小教区(手稲・小樽・倶知安)の皆さんのためにあらかじめ説教の原案を紹介します。
第一朗読:エゼキエルの預言(エゼキエル17・22―24);わたしは高い木を低くする
答唱詩編(詩編92・2+3+4、13+14+15);竪琴を奏で楽の音に合わせてわたしは神をほめ歌う。
第二朗読:使徒パウロのコリントの教会への手紙(二コリント5・6―10);体を住みかとしていても、体を離れているにしても、ひらすら主に喜ばれる者でありたい
アレルヤ唱;アレルヤ、アレルヤ。種は神のことば、まく人はキリスト、キリストを見いだす人は永遠に生きる。アレルヤ、アレルヤ。
福音朗読:マルコによる福音(マルコ4・26ー34);からし種はどんな種よりも小さいが、どんな野菜よりも大きくなる

今日の福音の中で「神の国」という言葉が2回出て来ます。マルコによる福音の初めにイエスが40日間の荒れ野での試練の後、ガリラヤへ行って宣教を始めます。その第一声は、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」という言葉でした。イエスの宣教の中心はこれです。「神の国」が近づいたということをイエスは人々に伝えていました。では、神の国とは何なのか、はっきり示してくれという声が上がっていたのだろうと思います。イエスの宣教では、汚れた霊にとりつかれた男をいやしたり、重い皮膚病を患っている人をいやしたり、中風の人をいやしたりしていました。すでにそれらのことが、神の国が近づいたしるしであるのに、それでもまだ神の国を示してくれという人たちが大勢いたのだと思います。

わたしたちも「神の国」とは何なのかはっきり示してくれと思っているかもしれません。神の国は、イエスによってこの歴史の中に入ってきました。イエスの教えと救いの業によって始まっているのです。人々は悔い改めてこの救いの業を受け入れ、自分のものとしていくことができます。イエスに信頼して歩んでいくことによってそれは始まります。しかし、まだ神の国は完成していません。神の国の完成は、歴史の終末において、人の力によってではなく、神の力によって完成するものです。ミサの中や典礼の中で「神の国の完成を待ち望みながら・・・」という言葉を使うことがよくあります。「神の国」はイエスの到来によってすでに来たが、いまだ完成していないということです。

今日のマルコによる福音の最初の段落の部分はほかの福音書にはありません。ここの部分を一行に要約すると、種を蒔いて世話をすると芽を出して成長して実を結ぶということになります。その中で大事なキーワードは「その人は知らない」「土はひとりでに実を結ばせる」だと思います。「どうしてそうなるのか、その人は知らない」。どうして種を蒔いて時がたち芽を出して成長するのかを知らないのです。
わたしたちはなぜそうなるかを知らないのです。そういう現象が起こることを見て知っているだけです。わたしたちも知っていると言いながら現象だけを見て知っているということが多いのではないでしょうか。

この地球を含めた宇宙のことを考えてみましょう。地球は人間が住むのに最適な環境を与えてくれてます。太陽からおよそ1億5000万キロメートル離れているから、ちょうどよくて寒くもなく暑くもない。地軸が23.4°ずれているから日本には四季の変化がある。24時間で自転しているから気温は均一である。これらのことをわたしたちは見て感じて知っていますし、わたしたちが地球上で快適に暮らしていける条件であることも知っています。しかし、どうしてそういう位置になって、ちょっと傾いた状態で、1日で一回転になったのかは分かりません。「その人は知らない」というのはそういうことだと思います。

「土はひとりでに実を結ばせる」のも不思議なことです。「ひとりでに」というのは種を蒔いた人の力とは関係なく、そこに作用している何らかの力が働かなければ起こらないことと言えます。種自身の力ともいえなくはありませんが、種は蒔かなければ何も起こらないのです。そういう意味では種がひとりでに芽を出したのではないのです。もちろん、人間は種がどんな条件で発芽しどのような気温で成長して行くかを記録して毎年の収穫に備えていきます。そしてもっともよい収穫を得ることができるよう努力していきます。毎年それによって命の糧を得ていきます。土の力は素晴らしいものです。その土を与えてくださったのは創造主である神であると言えるのです。

わたしたちの間で始まった神の国も、条件さえ整えば人間の気づかないうちに、大きく実を結ぶのです。イエスが人々のために十字架の死を受け、復活したのちに永遠の祭司、王であるキリストとして現れました。父から約束されていた霊を弟子たちに注ぎ、教会を始められました。教会はキリストと御父から受けた賜物に恵まれ、愛と謙虚と自己放棄のおきてを忠実に守るとともに、キリストと神の国というものを告げ知らせています。教会はすべての人々の内にみことばを告げ知らせ、世を変えていく使命を帯び、地上における芽生えの開始となっています。今日のたとえの通り、教会は徐々に発展していきますが、それはわたしたちには見えない神の力が働いているからこそなのです(教会憲章5参照)。わたしたちには、神の力は見えない。しかし、神の力の表れである教会の働きは目に見える。それによって神の神秘がわかるのです。神の国はイエスによってはじめられました。それを目に見える形で実現していくことができるよう願い、祈り求めてまいりましょう。

追伸

※2018年の月寒教会での説教より

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