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四旬節第2主日(2020年3月8日、A年・主日・紫)

佐藤謙一(さとうけんいち)  

2020年3月8日

第一朗読:創世記(創世記12.1-4a);神の民の先祖アブラハムの召命
答唱詩編(詩編33.4-5、12-13、20-21);神の注がれる目は、神をおそれる者に、神の愛に希望をおく者の上に。
第二朗読:使徒パウロのテモテへの手紙(二テモテ1.8b-10);神はわたしたちを招き、照らしてくださる
福音朗読:マタイによる福音(マタイ17.1-9);イエスの顔は太陽のように輝いた

今日はイエスの変容が読まれました。モーセとエリヤとイエスが語り合っているときでした。モーセは律法を、エリヤは預言者を表しています。この二人は旧約聖書で約束されているメシアがイエスであることを証明するために現れます。その時の姿は、パウロがテモテへあてた手紙の中で「キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださいました」と言っているとおり、死の後の永遠のいのちを生きるときの姿なのです。この変容の出来事は、ただ単に「偶然ある時、イエスの栄光の姿が表された」のではなく、「イエスが受難と死をとおって受けることになる栄光の姿が前もって示された」という出来事です。主の受難の40日前に示されたこの主の変容がわたしたちの信仰の支えとなります。つまり、永遠のいのちへの復活があるということを示しているからです。
主の変容という祝日があります。その日は8月6日です。9月14日に十字架称賛という祝日があり、その40日前に主の変容が再び読まれるわけです。主の変容は受難の40日前に起こったと伝えられていましたので、四旬節に祝ったことをまた年間の間でも祝っているのです。
今日の主の変容はイエスが宣教した神の国には栄光という特徴があることを示しています。それと同時に、弟子たちに十字架の試練に備えて、彼らを励まし力づけるために示したのです。主の変容と十字架というのは切り離すことができない出来事なのです。なぜなら神の栄光というものは、単に神には力があり光り輝くというだけでなく、自分をささげる愛、それも死さえも受け入れる愛を通して来るからです。この栄光の二つの側面を学ぶようキリストは求めておられるのです。ミサや祈りの中でわたしたちがイエスのことばを聞き、イエスを礼拝するたびにイエスご自身が栄光を受け、もう一つはわたしたちが自ら踏み出して自分を犠牲にして誰かを助けるたびに、またイエスが栄光を受けるのです。祈りの中でイエスは栄光を受け、ゆるしの中でまたイエスは栄光を受けるのです。
主の変容による栄光と十字架による栄光を一つのものとして受け止めましょう。
イエスの栄光の姿はわたしたち自身の十字架を通しての永遠のいのちの姿でもあるのです。

追伸(3年前の説教を修正・未発表)

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